【自分探し】1型糖尿病患者が考える、本当の「自分」とは何なのか。【IDDM】

「自分」をカタチにする授業

 

最近よく、本当の自分とはなんなのかを考えます。

こう考えることって哲学なんですかね?

自分自身は精神的に弱い人間なので最近の言葉で言えばよく「病み」ます。

今回は偶然手にした本、長谷部葉子氏の『「自分」をカタチにする授業』を読んで、

感じたこと考えたことを書いていきたいと思います。

人との関わりの中での「自分」

「人間関係のある場所が、やがてあなたの居場所になります。」

via:26頁

 

自分の存在とは何なのかを考えた時、ふと大学時代に倫理の講義で先生が言っていたことを思い出しました。

「他人がいて、初めて自分という存在が成り立つ」

他者から認められることにより始めて、自分という人間が成立するのだ。

というように私は理解しました

 

人との関わりというものは素晴らしいものです。

(ごく稀れに、絶対この人とは仲良くできないという人もいますが大体は話してみれば案外仲良くなると思います。)

 

自分を形にする授業

 きっかけは自分から?

声を上げないのはこの場にいないのと同じ

via:58頁

 

自分とは何か。

これをテーマに読書感想文を書いているのですが

自分という存在を承認されることで自分という存在が確立するんですかね?

恥ずかしながら、エセ教員として思春期の学生達と関わっていた

筆者としては、この気持ちはすごく理解できます。

 

朝、「おはよう」と挨拶して「キモい、死ね」と言ってくる生徒も

授業中に教室を飛び出してく生徒も

何かその言葉や行動の裏にメッセージを含んでいるのかなと思います。

 

様々な書物で目にする言葉ですが

好きの反対は無関心です。

その言葉や行動をこちらに見せるということは

その子なりの「認めて欲しい」という精一杯のメッセージのような気がします。

他者の承認こそが「自分」の存在なのかもしれません。

 

そう考えると

生徒の「キモい、死ね」とい言葉も

精一杯のメッセージだと思って受け入れると

悲しむどころむしろ「伝えれくれてありがとう」という

嬉しい気持ちになります。

 

いい意味で周りなんて関係ないっ!

自分の基準でエリートになればいい

via:78頁

 

最近では、ユーチューバーが将来子供のなりたい職業ランキングの上位に入っています。

「好きなことで生きていく」とトップクラスのユーチューバーが言っていましたね。

ヒカキンやはじめしゃちょーなど

 

ちなみに筆者はヒカルさんが大好きですwww

 

彼、彼女らは月数百万、数千万稼ぐいわばエリートですね。

しかし、今でこそ社会的認知度が上がり認めはじめられてきている

ユーチューバーですが、数年前ではどうだったでしょうか?

 

そうです。

自分基準で地道に継続していけば、道はひらけるのです。

 

お陰様という気持ちを持つ

 

意見の違う人は貴重なアドバイザー

via:190頁

 

自分という存在は、他者の存在があってはじめて生まれる概念であるとここまで

読書感想文を書いてきましたが

では、他者に感謝して毎日を過ごしてみてはどうでしょうか。

 

意見の違う人も同じ人間です。

その人がいるから今の自分という存在が確立されるのです。

 

では思いきって大っ嫌いな人にも感謝してみませんか?

見える世界がとびっきり変わると思います。

 

まだまだ私のことを知らない人たちが

記事を見てくれていると思いので

繰り返しになりますが

 

「いつも誰かのお陰様」

 

だと思います。

 

終わりに

自分とは何か?と考えて長谷川先生の本を読み読書感想文を書いてきましたが僕はやっぱりみんなに感謝して生きていきたいです。他者がいるから自分がいます。

 

こうやって今この記事を見てくれている人がいる。

 

 

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それではまた。

 

いつも誰かのお陰様☆